2010年07月29日
見ざる、言わざる、聞かざる


こちらは日光東照宮の中でも非常に有名な「三猿」です。
これはその様子からもわかるように見ざる、言わざる、聞かざる
ということを表しています。
悪いことを見ない、言わない、聞かないということで、
世界中でこれと同じたとえが用いられているそうです。
また、この猿の彫刻が彫られているのは神厩舎とよばれる建物で、
神に仕える馬のお家です。
ここでの神は大権現なので、もちろん徳川家康ですね。
あの関ヶ原の戦いのときに家康が乗っていた馬が神馬とされて
幕府から奉献されていたそうです。
ちなみに今でも代々この神馬はいるそうで、
現在は「光波号」と「光徳号」というニュージーランドの首相から
送られた馬なんだそうです。
かつて日本を長きにわたって鎖国支配した徳川家も今はけっこう
グローバルなんですね笑
2010年07月29日
世界遺産は日光東照宮だけじゃない?


先程の神橋を超えて、ついにおなじみの看板が見えてきました。
世界遺産と書かれた石板☆
自分的に結構このWORLD HERITAGEとロゴマニアかもしれません笑
おそらく北京で万里の長城見に行った時やイギリスでストーンヘンジ見に行った
ときにも見ているはずです。
そういえば、我らが広島の原爆ドームにもあるのかな?
広島でこのロゴは恥ずかしながら見た記憶がない…
んでもって高ーい共通入場券なるものを買いました。
実は日光東照宮で有名な日光山内ですが、世界遺産は日光東照宮だけでは
なくて日光山内とは二荒山神社と日光山輪王寺という二社一寺から構成されています。
その中にある、103の建築物や緑豊かな自然環境が評価されて
世界遺産として登録されているわけです。
つまり日光東照宮=世界遺産ではないんですね。
んでもって、一番有名なのはこちらの写真でしょう。

こちらがテレビなどでよく映るときに一番目にしますよね。
これは陽明門という門で、本当にきらびやかで細かい装飾が施されています。

もちろん門なので、一番有名ではありますが、この門が徳川家康の
お墓ではありません笑
それにしても、中国人や韓国人の団体ツアーみたいなのが多かったですねー。
平日ということもあって自分くらいの年代で1人で来ているヤツなんて
おらんかったです笑
しかしその装飾は本当にきれいで

これなんかも中国人っぽいおじさんたちが囲碁をしたり琴を弾いたりしている
シーンが彫られていたりと、本当にみていて飽きません。
一日中見ていても飽きないことから「日暮らし門」とも呼ばれるそうです。
それは言いすぎだろうと見る前は思っていましたが、百聞は一見に如かずで、
実際に見てみると、見るべきところが多すぎて、本当に時間が流れるのを
忘れてしまいそうでした。
しかし、後ろからはどんどん人が押し寄せてくるので、実際に
長時間立ち止まって見ている暇もなく…
でも、後から地元の人に聞いたところ、こういう細かな部分のうんちくを
聞いたのちに回ってみると本当の日光山内のおもしろさがわかるんだそうです。
確かにその通りだろうなーと思いつつ、貧乏学生にはガイドさんを
お願いするようなお金はありません。
修学旅行で来ている小学生の添乗員さんの話をうしろでさりげなく
盗み聞きです笑
小学校の先生ってこういうときも本当に大変だなーと感じたり…
2010年07月28日
世界文化遺産日光寺社

新宿から鬼怒川温泉行きスペーシア号なるものに乗って
出発です。
新幹線よりも快適な車内でした。
下今市という日光の手前の駅で乗り換えです。
そこから東武日光駅まで2駅で到着☆

こちらは下今市から乗り換えた東部のローカル電車。

かなり古めの電車でしたが、この真っ赤な座席が
アニメや小説にも出てきそうで、なぜか気に入ってしまいました。
そして、こちらが東武日光駅。

全然、世界遺産のある町の駅っぽくないですが…
どちらかというと、スキー場にありそうなたたずまい笑
駅からは日光東照宮行きのバスが出ているとのことでしたが、
歩いても20分ほどで着くと観光案内所の方に教えていただいたので、
徒歩で行くことに。

こちらが駅前から日光東照宮のある世界文化遺産『日光山内』まで続く、
日光街道です。
一応日光街道って江戸から延びる五街道のうちの一つですからね。
かつては門前町として大変栄えた街です。
今は地方の観光地として多分にもれず、旧来の商店街は結構衰退している
感じでしたが、そのなかにも外から入ってきた人たちが雑貨や絵画など
アーティスティックなお店を出店していて、新しいものと、伝統あるものが
混在し、なかなか興味深かったです。
それにしても暑かった…
日光ビールなる地ビールがあるらしく、到着する前から道端の茶店で売っている
冷えたビールに手が出そうでした笑
もうひとつ驚いたのは外国の方々が非常にたくさんいたということ。
自分のほかに歩いているのは外国の方ばっかりです。
日本人は汗だくになりながら、歩く自分を横目に駅前からのバスで
ツイーと日光山内のほうへ向かっていきます。
これって文化の違いなんでしょうか。
さてさて、やっと着いて見えてきたのは「神橋」!

こちらは「しんきょう」と読むんだそうで、かつて徳川家の将軍や皇族などしか
わたることを許されなかった橋なのだそうです。
公式参拝する時に通るオフィシャルブリッジですね。
ちなみにこの橋、お金を出せば、実際に渡れるのですが、
わたっている人は誰もいません。
現在はその横に自動車も渡れる立派な橋がかかっているので。
自分も周りの外国人観光客に混ざって写真だけとって終了です。
2010年07月27日
日光行くのはいいけれど

さて、久しぶりに新宿から電車に乗って日光まで行きます!でも電車代高かった…
片道3900円。
想像以上の出費です。
しかもちゃんと調べてなかったんじゃけど、新宿発鬼怒川温泉行きの特急は1日に四本しか出てないみたい。
何も考えずに家を出たけど今乗った電車を乗り過ごしたらもう着くのは夕方でした…
しかもSuicaでは日光まで乗れないらしく、みどりの窓口行ったんだけど、本当に職員の態度が悪い。
これじゃけ東京はやなんよ…
大学で学割証明書取ってきたら2割は安くなったはずなのに…
と、もういいんです!
人生初の日光東照宮楽しんできます♪
タグ :日光
2010年07月27日
床屋で回っている赤と青の筒の意味

最近、大学の図書館でたまたま見つけて読んだのがこれです。
その名も『ローマ教皇検死録』
たぶん、世界史マニアな私じゃないとなかなかタイトルを
見つけても手に取らないと思います笑
てか、書籍として出版しても利益が出るのか疑問ですが…
しかし、この本の中にはクレメンス5世やボニファティウス8世、
インノケンティウス3世など、世界史上非常に有名な教皇たちの
死に様が医者である著者の視点から科学的に考察されており、
一風変わった内容ながらも、かなり興味を持って読むことができました。
トリビア的な話も盛りだくさんで、
床屋で回ってる赤と青の筒の正体が何なのかという疑問を
解決してくれたのが、この本から学んだ一番のことかもしれません笑
その中身はというと、古代ギリシャ以来、近世以前のヨーロッパでは
病気は体内を循環する液体が悪魔に取りつかれて侵されたために
引き起こされるのだと考えられていたそうです。
動脈と静脈とあと2つの体液が人間の中を廻っているという
古代ギリシャの医学の父と呼ばれるガレノスという人以来の考え方です。
そのため、医者といっても現代のものとは全く異なり、
迷信に基づいてまったく根拠のない治療も数多く行われていたのだとか。
そしてその時代には床屋医者というものが存在したそうです。
先程述べたように、体液が侵されているなら、その悪い体液を体から
抜いてしまえばいいということで、なんとカミソリとかで傷口から
血液を大量に抜くという治療行為がなされていたそうです。
現代的に言うとお医者さんにリストカットされるようなものです。
それによって本当にそのまま亡くなってしまった人も数多くいたようですが…
つまり、昔の床屋さんというのはハサミやカミソリなどお医者さんが使う
道具に似たものを多く職業柄持っていたため、民間医療の役割を
担っていたということなんです。
そして本題のあの筒の意味ですが、なんと赤は動脈、青は静脈、
白は神経の管を表しているのだそうです。
つまり床屋が医者の一種であったということの証なんだって。
ほら、知り合いに話したくなったでしょ?笑




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